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かねやすの歴史

三世代に及ぶ、おいしさの追求

かねやすの歴史

昭和3年(1928年)、初代店主 本田安寿 (やすひさ) が当時の岩屋漁港ではじめた小さな飲食店が、割烹旅館かねやすのはじまりです。今でいう海上レストランのような趣で、海の上にせり出した橋の上に小屋を建て、そこで釣れたての魚介類を刺身や煮付けなどに料理していました。釣ってきたばかりの魚を海につけた魚籠 (びく) に入れ、漁師や周辺のお客さんがくると、一番新鮮な状態でおいしく提供していたことで喜ばれていたそうです。

戦争中こそお店を休んでいましたが、まわりの方々の応援もあって再開。その後 昭和44年 (1969年) に、先代 本田達男 (たつお) がお店を独立し、現在の場所にお店をオープン。(その当時の建物は現在も1号館というカタチでお客様に愛されています。) 当時、多い時には一日に200~300人以上が訪れるほどお店も賑わい、独立から7年後の昭和51年 (1976年) には現在の本館が建てられました。

また、先代の時に「西日本で1番大きな生簀 (いけす) 」を完備していることで話題となり、腕のよい職人が目の前で穫れた新鮮な魚介類を贅沢に使った料理や、宿泊まで備えた施設が人気を呼びました。 そして、時は流れ、平成5年 (1993年) に福岡での6年半に及ぶホテルマン修行を終えた現在の店主 本田一郎 (いちろう) が、かねやすに入店。平成13年 (2001年) には代表となり、これまで培ってきた老舗割烹旅館の歴史に「パーティー料理」「女性向け会席」や「近代ホテルが誇るおもてなし要素」という新しい風を吹き込みました。

近年では、初代の頃から人気が高かったイカの活け造りを積極的にコースに取り入れ、「おいしいイカが食べられる割烹旅館」として北九州市内はもとより、県外からもお客様を集めるようになりました。

大変、嬉しいことに地元のお客様の中には初代の頃からお店をご贔屓にしてくださっている方もいらっしゃいます。創業から80年。今後も美味しい魚料理とゆったりとしたおもてなしで、お客様をお待ちしております。

かねやすロゴについて

ロゴにこめた創業から変わらない想い

かねやすロゴ

創業以来使われている かねやすのロゴは、商売を意味する「はがね」に初代店主の名前から「安」を取り入れて作られたそうです。当時から変わらぬ屋号を使い続けているのは、店舗が大きくなり時代が流れても、商売をはじめた頃の「新鮮な魚と美味しい料理を1人でも多くのお客様に楽しんで頂きたい」という気持ちが変わらないことへの表れなのです。

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